プロローグ
緞帳は降りたままで、京劇(地方芝居)の開演を知らせる音が劇場中に鳴り響く。
幕が開くと、野外に出来たような舞台がしつらえてある。
そこでは、立ち回りの真っ最中である。
京劇特有のアクロバットのような立ち回りが展開されている。
軽快で小気味の良い動き。(代表的な物で「西遊記」)
敵を倒して決まった所で、劇中の幕が閉まる。
第一場
立ち回りを演じていたのは、セイである。
彼は歌姫と共に旅回りの一座に逃げ込んでいたのだ。
息を切らせているセイの元へ歌姫がやってくる。
セイを、ねぎらう歌姫。そんな2人を仲間達が冷やかして通っていく。
2人だけになって、セイが地方回りなどしていることを詫びる歌姫。
そんな彼女をなだめながら、2人で居られることと、芝居を続けられることに、
喜びを感じていると言うセイ…!!
そう、あれ程反発しても、芝居からは離れられなかった。
しかし、父親やフォンライから離れたことで、自分自身を見つけることが出来たような気がしていた。
今まさに長い夜が明けようとしていた。
2人の未来へと繋がるようなデュエット(歌)
寄り添い合って、2人が退場していく。
そんな2人を別々場所から見つめる2人の男の姿があった…。
第二場
声を失ってもなお京劇役者で有り続けなければならなかったフォンライ。
大勢の人々があの日以来、何故舞台に立たないのかと、騒ぎ立てていた。
(公には、声のことは伏せられている。)
そんな彼の側を、姫は片時も離れようとはしなかった。
姫が、フォンライの記事を載せた新聞を手に彼の所へやってくる。
言葉をかけながら、それを手渡す。
新聞に目を通す、フォンライ。内容からか、少し哀しげな微笑み。
(売国奴・裏切り者・二つの国を騙した男として新聞は書き立てていた。)
姫は悔しがり、嘆き、怒りをあらわにするが、
フォンライの悲しく優しい微笑みに諭されるように、黙ってしまう。
彼が真実を告げずに、ずっと耐えているのは、セイがこれらの記事を目にしてくれる物と、
信じていた。
そして、自分の所へ帰ってきてくれるのを待っていたのだ。
姫もフォンライの想いは充分に理解していた、だからこそ、彼の替わりに人々の前に立ち、
盾として、彼の声を代弁するように頑張ってこれたのだ。
姫が、フォンライを誘うように、フォンライが姫を誘うように、
姫の歌から、ダンスへと発展していく。
たとえ、声は失ってしまっても、2人は以前より強く心を通い合わせていた。
2人の強い絆がこの場面で判るように…!!
第三場
歌姫のソロ。
今のままでと願う彼女の切ない想いと迷い…。
歌が終わって1人の男が登場する。日本軍人、あの男である。
歌姫は、おびえてその場を逃げ出す。男は何故か追いかけようとせず、その場にて見送る。
彼から、以前の険しさが消えていた。
歌姫は、セイに知らせなければと、思っていた。
そんな彼女を、別の男が引き止める。
サングラスをかけて、髭をはやした男に警戒する歌姫。
彼は、セイに渡して欲しいと、彼女に新聞を手渡すと、去ってしまう。
手渡されたのは、あのフォンライの記事の載っている新聞だった。
静かに、照明フェイドアウト。
第四場
仲間達と、道具の手入れをしながら、楽しそうに話しをしているセイ。
仲間達は、まだ子供と言っても差し障り無いセイが、
役者として凄い物を持っていることを、驚きながらも褒めそやして居た。
そんな中で、話題がセイは誰について京劇を学んだかと言う事になっていく。
セイは、此処では勿論本名は名乗って居なかった。
言葉に詰まるセイ…!!
その中で、仲間の1人が、セイは上海の言葉を話すので上海の生まれだと指摘する。
笑って誤魔化そうとする、セイをよそに、上海と言う話しから、
話題がフォンライの事へ流れていく。
彼等地方劇の人達から見ても、彼は裏切り者であった…。
セイの心の内にある疑問。
フォンライの行動の意味と、何故舞台に立たないのか。
セイにとってのフォンライは、舞台の上で真実を語れる人だと思っていた。
仲間達の話題に乗れないままに、曖昧な返事を繰り返すセイ…。
そこへ、歌姫がやって来て、セイを連れ出そうとする。
仲間達の、冷やかしの声に、囃し立てられながら、
2人になる。
第五場
歌姫は、軍人に見つかったことを、まず説明する。
セイの中で、僅かな動揺はあるが、先程の疑問から抜け切れていなかった。
初めてとも言える、2人の心のすれ違い。
共に居たいと願いながらも、セイの京劇への想いの深まりに阻まれる淋しさが、
歌姫を苦しめて行く。
2人の心のすれ違いに、交差するように、人々が現れる。ダンスシーンへ。
軍人が、先程の髭の男が、スージェイ・ホアリェン・姫が…。
最後に、フォンライが現れて、セイを呼ぶ(声にはならない…。)
聞こえない声に、振り向くように、セイがフォンライと向き合った時。
カットアウト。
第六場
目的を果たした筈なのに、自分の中から総てが失われたように、
狂気の中に入り込んだままのホアリェン。
そんな彼女を守り、世話をするスージェイ。
彼にとって今になって、彼女が自分に必要であると、心の総てで感じていた。
スージェイが側に居る間は、子供達の話しを繰り返しながら、
心静かに暮らしていた。
彼女の中の子供達は、いまだに幼いままであった。(京劇を始める前か…。)
笑顔で話しを合わせるスージェイ。
優しく、穏やかながら切ないやり取り。
そんな2人の時間に、姫がそっと入ってくる。
おびえる母。哀しげな娘。
姫は、母を憎んでは居なかった。女として彼女の痛みを理解できたから。
父親と娘は、部屋を出る。
おびえ、荒れる母親を残すことは、2人にとって辛いことではあった。
第七場
姫はセイが、いまだに戻らない事。
しかし日本軍に捕まっては居ない事を、父親と話し合う。
帰らない弟に苛立つ姫。
スージェイなりに、王の力を借りながら、セイを探しては居たが、
2人とも、上海を離れることは出来なかった。
そんな中で、やはり行方が判らなくなっている、
女形役者へも、怒りを向けようとする姫。
スージェイは、彼の行動も理解できたので、何も言えずに、
姫に、フォンライは彼のことをどう思っているのかと訪ねる。
姫の怒りは静まり。フォンライは既に彼を許しているだろうと語る。
彼は、変わらない。穏やかに総てを受け入れる。
静かな優しさは、傷ついた筈の今でも変わることは無かった。
微笑んで、娘の肩を抱き退場していく、父と子。
第八場
おびえて走ってくる歌姫、後を追ってきたのは日本軍人。
彼の様子は、捕らえようとしていると言うよりも、
彼自身が追いつめられ居ているようだった。
思わず、歌姫を呼び止める形になる。
そう、問いかけるように…。
それは、中国名ではなく、日本名であった。(共通する字を使いたい。)
驚いて振り向く、歌姫。
この時、父と娘の対面の時となったのだ。
彼は、軍人としてセイを捕らえねばならなかった。
そして、前回の失敗から、闇雲に追っていっても、再び逃げられると考え、
2人を監視していた。
その間に、歌姫が一度もその手に抱くことの無かった、娘で有ることに気づいた。
かつて愛した女の子供だと…。
敵対する者どおしとして、出逢わなければならなかった、2人。
歌姫は、母親のこと、自分のこと。すべての恨みを父親へ向ける。
激しいからこそ、父親への思慕が現れてくる。
彼は何も答えなかった。唯 娘の怒りをしっかりと受け止めるように、
その懐にしっかりと抱きとめる。
怒りが涙に変わっていく、歌姫。
静かに、照明落ちる。
第九場
セイの覇王の歌が聞こえてくる。
かつてのフォンライの初々しさに、ウェンフーの力強さを、
彼なりに既に己のものとしていた。セイは最後まで歌いきる。
新しい覇王としての力は、身につけていたのだ。
静かに、小さく拍手を送りながら、例のサングラスの男が登場する。
警戒するセイ…。
セイの声と歌を誉めながら、サングラスを外す男。
そう、日本軍の手を逃れて、セイを探していた女形役者であった。
かつてのたおやかな、姿を捨てた男性的な様子に驚くセイ。
彼は、セイにフォンライの元へ戻ってくれるように頼む。
そして、迷いながら口ごもりながらも、
フォンライの現状を説明して、詫びる。
フォンライが、追いつめられていることも、原因が自分にあるのでは無いかとは思っていた。
しかし、母親の計略でそのような状態になっているとは、予想してなかった。
激しいショックを受けるセイ。
そこへ、日本軍人と歌姫が共に入ってくる。セイを守って立つ女形役者。
しかし、日本軍人からは敵意は感じられなかった。
そう、既に日本は敗戦を目の前にしていた。その事が目前に迫ってきた時に、
娘と出会えた現実の中で、彼は静かに女形役者を避けて、
セイと向かい合う。
彼は、罪を詫びることなく、歌姫を呼び寄せる。
セイと歌姫の手を取り重ね合わせて、近いうちに日本へ帰ると告げて去っていく。
中国の人々は時代の夜明けを見るだろうと…。
言葉もなく見送る3人。
第十場
人々が、戦争が終わったこと、日本が負けて逃げ帰っていく様を、
明るいナンバーで見せていく。有る程度はコミカルに。
そのままの喧噪が続きながらも、少しずつ人々が散っていく。
そんな中で、明るく人々に指示を出している、
スージェイの声が聞こえてくる。
第十一場
久し振りの、舞台であった。日本軍の恐怖は去り。
セイも帰ってきた。そのことで、ホアリェンの心も僅かずつではあったが、
落ち着いていった。
姫がフォンライと共に、母親を連れて登場する。
慌てて妻に駆け寄るスージェイ。
優しく穏やかな夫の微笑みであった。
仲むつまじい両親を、満たされた気持ちで見守る姫。
そんな姫を包み込むように、傍らに立つフォンライ。
開演が近づく音に、反応する4人の前に、覇王の衣装を身につけたセイと、
姫の衣装の女形役者。
そして、セイに寄り添うように登場する歌姫の3人。
いよいよ、「覇王別記」の幕が上がるのだ。
セイに近づくフォンライ。声は無いが、大丈夫セイならやれると、力づける。
彼の励ましに、大きく頷くセイ。
改めて、女形役者と向き合うフォンライの、差し伸べる手が総てを語っていた。
彼を許して居る証のような、その手を取る女形役者。
固く友の手を握りしめる。2人…。
姫がそっとフォンライに寄り添う。
女形役者は、笑ってもうフォンライを取り上げないと告げる。
そして、時代は変化していくだろうと、今は自分が舞台に立つが、
いつの日か、姫が女性が京劇の舞台に立つ日が来るだろうと、
笑顔のままで、姫に言って聞かせていた。(己にも言い聞かせるように。)
その日まで、自分は女形で、役者で有り続けたいと…。
来るべき時への予感。まさに陽が昇ろうとしていた。
「覇王別記」開幕の知らせ。
人々の見守る中で、セイと女形役者は舞台へと向かっていく。
かつての彼の人達の姿に酷似しているが、幻でなく目の前の2人は現実であった。
この場に居る人々は、誠を誓い合える人が、側にいる。
今、まさに月夜の嘆きの歌は、遠くなり陽の光の喜びの歌へと、変わっていった。
人々を包む光の中で、優しく語りかけるフォンライの声が流れてくる。
この後、文化革命の時代に女形は禁止され、女優が誕生したこと。
姫が、セイと共に京劇の役者として成功したことが、静かに語られる。
柔らかな、想いを残すように、フェイドアウト。
幕
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